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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(れ)1694号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人国分丸治の上告趣意について。

原判決は、弁護人の「当時被告人において進駐軍の許可があり違法でないものと信じていたものであるから、犯意を欠き罪とならないものである旨」の主張に対し、所論のごとく当時被告人は判示超過価格による精米の売買につき違法の認識を有しなかったと断じながら右は通常人としての注意を著しく欠き判示超過価格による精米の売買が法律上許容されたものであると信じたことにつき明らかに過失があるものというべきであるから、被告人に犯意がなかったものとして物価統制令違反の罪責を否定することは到底できないと説示したことは所論のとおりである。

しかし、犯意があるとするためには犯罪構成要件に該当する具体的事実を認識すれば足り、その行為の違法を認識することを要しないものである(昭和二四年(れ)第二二七六号同二五年一一月二八日第三小法廷判決刑事判例集四巻一二号二四六三頁以下、昭和二五年(れ)第一三三九号同年一二月二六日同小法廷判決同判例集二六二七頁以下参照)。なおこの点に対する斎藤裁判官の補足意見は、次のとおりである。

「刑法三八条一項本文(他の刑罰法令については同法八条)の犯意ありとして犯人を非難、処罰するには、罪となるべき事実を認識するを以て足りるものである。その趣旨は、犯人は通常罪となるべき事実を認識するばかりでなく、実際はこれを認容し又は進んでこれを希望するのが普通であるが仮に認容せず又は希望しなくとも、犯意の成立には、認識あるを以て足りるという意味である。なぜなら、認識しながら犯行を敢えてした以上は、その間に如何なる心理上の経過あるを問わず、その認識あるだけで通常抑制感情又は反対動機を起す期待可能性あるが故に法律的責任を認めて、その犯人を非難し処罰するのである。罪となるべき事実の認識以外の心理状態は犯意の成立以外における情状たるに過ぎないのであって、通常認容した程度であったならば情状軽く、希望した段階に達したときは情状寧ろ重しとせねばなるまい。しかし、往々にして認識はしていたが常習、道義的感情の麻痺等のため認容もせず、希望もしないで、言い換えれば、現実には抑制感情又は反対動機を少しも起さないで、易々として犯罪を敢行するような者が存在する。かような者には到底道義的責任を期待することができないから、法律的責任を認め寧ろ厳罰に処するを相当とするのである。この刑罰の目的とする効果は、道義的責任に相応する教育的効果に止るものではなく、より強き鎮圧的効果をも包含するものであるからであって、死刑存在の必要な理由の一つもここにあるのである。そして、罪となるべき事実とは、刑罰法令各本条の前半に規定されている犯罪構成要件に該当する具体的事実をいうものである。その事実は、単なる赤裸々な自然的事実ではなく、当該法条立法の際禁止せんとした実質的違法にまみれ、これに化体した事実である。従って、犯意ありとするには、かかる違法化した罪となるべき事実を認識するを以て足りるのである。この意味において犯意の成立には違法の認識を要しない。ここでもまた違法の認識には種々の段階と態様とがあるのであらう。或いは更らに社会的規範に、或いは条理若しくは文化的規範に又は法律的規範に違反するという意識を伴うことがあるかも知れない。しかし、いずれの場合でも犯意の成立には立法の際各本条の罪となるべき事実を着色し、これに織り込んだ実質的違法の認識を必要としない。ことに、刑罰法令各本条は、罪となるべき具体的な事実を判定すべき類型的標目を掲げたに過ぎないものであるから、かかる標目に該当する具体的事実を認識した以上かかる標目自体を知らなかったからといって、犯意がないとはいえない。以上は刑法三八条三項本文の存する所以である。いわゆる違法の認識は、犯意の要件ではなく、単に犯罪成立以外の情状たるに過ぎない。されば、違法の認識を欠くことを以て犯意を阻却するものとすることができないばかりでなく、情状常に軽しとすることもできない。これ同法同条同項但書の存する所以であり、改正刑法仮案第一一条第三項において、「法律ヲ知ラサル場合ニ於テ自己ノ行為カ法律上許サレタルモノト信シタルコトニ付相当ノ理由アルトキハ其ノ刑ヲ免除ス」と規定して、いわゆる違法の認識を欠くもので情状最も軽き場合でさえ単に免刑の原由に止めた理由である。」

それ故、原判示のごとく被告人は違法の認識を有しなかったと断じても犯意がなかったとはいえないし、また、犯意の成立を論ずるのに原判決説示のように更らにその違法の認識を欠いたことにつき過失の有無を問うを要しない。されば、仮りに原判決がその過失の存在の判定に所論のごとく誤りがあるとしても、被告人の罪責を否定することができないのは論を俟たないところであって、もとより過失を有罪としたものでないことは明らかである。それ故所論は採用できない。

同弁護人の追加上告趣意について。

しかし、物価統制令四条に基き指定された統制額違反の犯罪については、行為当時の告示によるべきものであり、従って、犯罪当時の統制額を指定した告示がその後屡々改正され、行為当時の売渡価格よりも高価に指定されるに至っても、既に成立した犯罪の刑罰を廃止するものではないから、所論は採用し難い。

よって旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。

この判決は斎藤裁判官の補足意見を除くの外裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野 毅 裁判官 岩松三郎)

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